群馬サイバー証券取引システム構想の概要

1999年7月23日

マルチメディア研究会

1.構想策定の経緯

 

一連の証券制度改革を契機に始まるであろう私設取引システム(PTS)の新設ラッシュに先立ち、日本初の「地域密着型中小企業向け証券市場」を群馬県に創設しその地位の確立を図ろうと、平成9年度より2ヶ年計画で調査研究を進めてきた構想である。平成9年度は、欧米各国の事例研究を中心に、PTS創設の利点や経済効果の把握、さらには問題点や課題の洗い出し等に努めたが、平成10年度はそれらの成果をベースとして、実際に「群馬サイバー証券取引システム(愛称:GUNDAQ)」創設に向けた事業計画の立案を行ってきた。

 

2.新市場の創設目的

 

新市場創設の最大の目的は、株式を公開していない県内の中小企業(ベンチャー企業も含む)に、一般大衆からの自己資本調達の道(直接金融ルート)を開くことである。これまでわが国では、証券取引所や店頭市場以外の発行・流通市場が未発達であったため、中小企業は相当の成長性や安定性が見込まれる場合でも、大衆資本との接点を持ちえなかったのが実情である。

これは、証券取引所やNASDAQのほかに、OTCブリティンボ―ド、ピンクシート市場、ローカル市場といったさまざまなレベルの市場が存在し、そこで中小企業の株式が活発に取引されているアメリカの状況とは大きく異なる。

一地域の経済力は、中堅・中小企業やベンチャー企業の成長力や活力に大きく依存するから、中小企業向け証券市場の創設によって、こうした企業に新たな資本調達の可能性を提供することは、きわめて有望な地域振興策として位置づけられるのである。


 

3.地域密着型であることの必要性

 

(1)情報格差の補完(詳細に関しては添付の「調査レポート」を参照)わが国でもここ数年、ベンチャー支援ブームや日本版ビッグバンに後押しされる形で、証券取引所や店頭市場の公開基準が緩和され、さらに未公開株(店頭取扱有価証券)市場の分野への証券会社の参入が相次いだが、その成果は必ずしも芳しいものとは言えない。

その最大の原因は、わが国の場合、企業と投資家の間に存在する情報格差が相当大きいため、証券市場が機能低下を起こしていることに求められる。中小企業向け証券市場がこのような困難性を克服するためには、主に3つのアプローチがありうるが、そのうちの1つが、中小企業株式の取引の場をなるべく地元地域に設けるという方法である。

全国的な知名度を有しない企業の場合、企業の開示情報が唯一の情報源になることが多いが、企業の地元地域では、情報格差を補完する多様な情報ルートが存在する点で、地方企業の株式は地方で取引される方が、株式市場は正常に機能しやすい。

確かに企業とすれば、「東証や店頭市場などできるだけステータスの高い市場に公開したい」と考えるのは無理からぬことであるが、全国レベルの企業の中に埋もれて取引がほとんど成立しないよりも、「顔の見える」地方市場においてスポットライトを浴び、そこでそれ相応の評価を受ける方が、実質的にははるかにメリットが大きいはずである。

 

(2)集中型か分散型か?

情報通信技術が進化すれば、証券市場を中央に集中させても、地方に分散させておいて

それら相互間を情報ネットワークで結んでも、情報処理の側面からは大して変わらない。

どちらでも良いのならば、分散型の方に軍配が上がる。登録企業の発掘・指導、エマージング市場への投資家の探索・勧誘・教育などにはどうしても属人的ネットワークが必要で、情報システムでは代替できないからである。

広島証取、新潟証取の閉鎖・合併のニュースは、時代の流れに完全に逆行している。欧州各国が地方取引所の中央への統合によって、リージョナル・エクイティ・ギャップ(自己資本調達能力の地域間格差)を拡大させてしまった失敗をしっかりと認識すべき。ただむしろ、準官営の取引所の使命はすでに終わったと言うべきかも知れない。


 

4.新市場創設候補地の要件

 

地域密着型証券取引システムは、どこにでも作れるというものではない。市場創設候補地としては、以下のような要件を満たしていることが望ましいだろう。

a.多数の登録候補企業の存在(産業集積)

b.潜在的投資家の存在(人口集中)

c.セミクローズドな県民体質(大都市圏からのある程度の距離)

d.取引ノウハウの蓄積(取引所、地場の証券会社等の存在)

e.地方自治体、地元経済団体、地元有力企業のバックアップ

f.現時点において証券取引所がない

これらを勘案すると、全国でも適性を持つ地域は、宮城、群馬、栃木、静岡などに限定

されてくる(都道府県レベルで考えると)。

 

5.新市場の概要

 

(1)市場構造

群馬サイバー証券取引システムは、中小企業向け市場(仮称:GUNDAQ−HOPE)とクロッシング市場(仮称:GUNDAQ−STAR)の2種類の市場システムから構成される。

GUNDAQ−HOPEは、群馬県内の(もしくは群馬県内に主要活動拠点を有する)中小企業株式の発行・流通市場、GUNDAQ−STARは、群馬県内の公開企業株式のクロッシング市場(1日数回主要市場における株価をそのまま利用し数量だけを付け合わせる市場)である。

本来の趣旨からすれば、GUNDAQ−HOPEのみの設立で十分であるが、市場システムを運営し、維持していくためには採算を重視する必要がある。といって、中小企業向け市場の拡大や活性化をいたずらに急ぐことは、不良企業の登録や知識不十分な投資家の無理な勧誘につながりやすい。

したがって、採算重視のあまり不幸な事態を招かないためにも、未公開株市場が軌道に乗るまでの当面の間は、即効性の高いクロッシング市場からの収益に依存しなければならない。このように、GUNDAQ−HOPEの主目的は地域振興(未公開企業への自己資本供給)、GUNDAQ−STARの主目的は収益性の追求(取引システム全体の採算確保)である。

 

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  群馬サイバー証券取引システム 

        (GUNDAQ)       

                      └───────┰────────┘

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        GUNDAQ−HOPE │   │  GUNDAQ−STAR │

      │  (中小企業向け市場) │   │    (クロッシング市場) │

      └─────────────┘      └─────────────┘

 

(2)値付け方式

GUNDAQ−HOPEでは、競争マーケットメーカー制の導入を原則とする。ただマーケットメーカー不在の場合は、GUNDAQが独自の企業評価や売買動向をもとに、毎日「売買基準値」を公表する。

GUNDAQ−STARは、東京証券取引所や店頭市場で形成された「前寄り」「前引け」「後寄り」「大引け」の株価での売買を希望する注文を一定時間受付け、「時間優先の原則」により数量だけの付け合せを行う。

(3)登録要件

GUNDAQ−HOPEへの登録は、指定監査人の監査を経た後、登録審査委員会においてその是非を決定する。店頭登録のように具体的な利益や資産に関する基準は設けず、成長性や収益性、財務状態の健全性、経営者の能力や意識、コーポレート・ガバナンスの適切性、ディスクロージャーのあり方など、あらゆる観点から総合的な審査が行われる

GUNDAQ−STARは、群馬県内(範囲の拡大もありうる)の上場企業や店頭登録企業のすべてを対象とする勝手市場(当該企業の意思にかかわらず取引対象銘柄とする)である。

(4)登録廃止要件

GUNDAQ−HOPEの登録企業に対しては、登録後も継続的に追跡審査を続け、売買対象銘柄として好ましからざる状況が発生した場合には、速やかに改善指導を行うとともに、状況に応じて管理銘柄に指定したり、登録廃止とするなどの措置を考えている。特に、ディスクロージャーに関しては、公開企業に準じた「情報開示に関する規定」を設け、その遵守を徹底していく。


 

GUNDAQ−STARは、証券取引所での上場廃止や店頭市場での登録廃止等の事由が発生した段階で、取引対象銘柄から外す。ただ、登録審査委員会が適当と認めた場合には、GUNDAQ−HOPEへの配置替えを行い、その後も継続的に売買の場を提供していくこともありうる。

(5)入会手続き

投資家は、GUNDAQの会員になることによってはじめて売買取引が可能となる。入会希望者は、所定の入会申請書(売買取引にはリスクが伴う旨の承諾書を含む)および本人確認用の書類をGUNDAQに提出。入会審査完了後にパスワードが与えられる。

(6)売買執行システム

投資家の注文から約定、売買報告、株価掲載、情報開示に至るまで、すべてインターネットによって処理する。ただし、指定証券会社を通じて売買注文を出すことも可能である。 会員に付与されるパスワードがなければ売買注文は出せないが、他の大部分のページ(株価掲載ページ、情報開示ページ等)は誰でも閲覧可能である。

(7)決済システム

信用リスクを回避するため、決済は即日決済システム(約定時点同時決済システム)を導入する。代金決済は、デビッドカードか前金預り方式を採用、株券受渡は証券振替システム(証券保管振替機構に加入)を利用する。

(8)増資(新株発行)

1回の増資額の上限は1億円未満とする。私募(「プロ私募(証取法2条3項2号イ」あるいは「少人数私募(同号ロ)」)もしくは公募(「特定募集等(4条1項3号)」)のいずれも選択可能である。いずれの場合も、法律上は有価証券届出書提出の必要はないが(後者の場合は有価証券通知書の提出は必要)、任意の目論見書の作成を義務づける。勧誘活動や目論見書の交付は基本的にインターネットを通じて行う。

(9)組織構造

売買管理、決済、登録審査、ディスクロージャー管理、アドバイス業務等、本部機能以外は、基本的にすべてアウトソーシングとする。


 

10)委託手数料等

インターネット利用とアウトソーシングによる徹底的な合理化でコストを抑制し、委託手数料設定は、競合市場が存在しないGUNDAQ−HOPEにおいては現水準の50%程度、競合市場が多数生まれてくると思われるGUNDAQ−STARにおいては現水準の30%程度を目標とする。委託手数料を、売買金額連動制とするか定額制とするかは、今後の検討課題である。

11)設立手続き

資本金1億円の証券会社を設立する。基本的な方針としては、20株(1株は5万円額面)を1口として、県内有力企業や個人から100口を募る。

 

6.制度的根拠

 

(1)私設取引システム(PTS)の容認

98年の証券取引法改正により、「有価証券の売買又はその媒介、取次ぎ若しくは代理であって、電子情報処理組織を使用して、同時に多数の者を一方の当事者又は各当事者として次に掲げる売買価格の決定方法又はこれに類似する方法により行うもの(第2条第8項7号)」が証券業務の1つとされることになった。

証券会社が上記の業務を営もうとする時は、内閣総理大臣の許可を受けなければならない(第29条第1項第3号)が、この証券会社が認可を受けた業務を行う場合には、「有価証券市場(取引所有価証券市場および店頭売買有価証券市場)に類似する市場の開設禁止」の規定も適用されない(第167条の2第3項)こととなり、事実上、「PTSを証券会社として設立すること」が容認されたこととなる。

(2)未公開株取引の解禁

97年日本証券業協会は新たに「店頭取扱有価証券」を定め、証券会社に対してその勧誘を解禁した。この「店頭取扱有価証券」はいわゆる未公開株式の一部のことで、有価証券届出書に準じたディスクロージャーや公認会計士監査など一定の要件を満たせば、従来の証券取引所への上場や店頭登録に比べて緩やかな条件での「未公開株式の発行・流通市場を創設すること」が可能となったのである。


 

(3)取引所集中義務の見直し

これまでわが国では、各証券取引所の定款によって、取引所上場証券の売買を取引所外で行ってはならないとする取引所集中義務が課せられてきたが、98年にこうした義務が撤廃され、証取法改正においても取引所外取引に関する規定の整備が図られた。こうして、「上場企業のクロッシング取引を行うこと」ができるようになったのである。

(4)委託手数料の自由化

今回の証取法改正において、「有価証券市場における売買取引の受託について、委託者から証券取引所の定める委託手数料を徴しなければならない(旧131条)」との規定が削除された。これによって上場株式の委託手数料が自由化されることになるが、この改正部分は99年10月に(政令で定める日から)施行される。

7.新市場設立のメリット

 

(1)登録企業にとってのメリット

a.新株発行等によるエクイティファイナンスの道が開かれる。

b.社会的信用度・知名度が高まる。

c.社会の目にさらされることで、組織や社員の活力が向上し、経営管理がレベルアップする。

d.自社の株価が社会的に形成されることで、ストックオプション制度の導入が実効性を持つようになる。

e.「二重上場」の懸念から上場審査がパスしにくい、持株会社化に伴う事業子会社の登録(エクイティファイナンス)が可能となる。

(2)投資家にとってのメリット

f.新たな投資機会が提供される(投資事業組合の有限責任化や年金基金の動向)。g.これまでは一部の有力者に限られていた未公開株取得へのルートが開かれる。


 

(3)地域社会としてのメリット

h.リージョナル・エクイティギャップの解消が図れる。

i.上場や店頭登録への通過点として、成長志向型企業の吸い上げ効果が期待される。

j.ベンチャー企業への公的助成、あるいは県外からの企業誘致等の施策とセットにすることで、より有効性を高めることが可能となる。

k.市場システムの創設を通じた地域PR効果が実現できる。

(4)設立母体参加のメリット

l.ビジネスチャンスとしてはきわめて有望で、かつ万が一の失敗の時もダメージが小さい。

m.証券会社にとっては、新たなる収益の柱あるいは顧客アクセスへの突破口となりうる。

 

8.市場間競争と競争戦略

 

《GUNDAQ−HOPE(中小企業向け証券市場)のライバル市場》

 

東証新市場、大証新市場、店頭市場(第二号基準)、NASDAQ−JAPAN、

VIMEX、仙台新市場構想、東京都新債券市場構想....etc.

→他市場の多くがベンチャー企業や成長企業をターゲットとする「ハイリスク・

ハイリターン」市場であるのに対し、GUNDAQは第二創業期の中小企業や安定型中小企業を中心的視野に入れた「ミドルリスク・ミドルリターン」市場。県内企業のみに特化し、先行メリットの享受を狙う。

 

《GUNDAQ−STAR(クロッシング市場)のライバル市場》

 

E*トレード証券(ソフトバンク)、ウィットキャピタル・ジャパン(三菱商事)、日本オンライン証券(伊藤忠商事・第一勧銀・マイクロソフト)、DLJディレクトSFG証券(住友銀行)、マネックス(ソニー)、インターネット・トレーディング証券(富士通・日興証券)、既存証券各社のオンラインブローカー・サービス、N−NET、ToSTNeT、J−NET....etc.

 

 

→値付け業務の放棄、インターネット利用、アウトソーシング等により、圧倒的なコスト優位性を確保。投資家にとっては、取引所の立会時間外に取引可能なことや、約定価格が最初から判明していることが魅力。対象銘柄を県内企業以外に拡大することも考慮中だが、提携証券会社自身の手数料率を圧迫する危険性をはらんでいる。

 

9.残された課題

 

(1)セキュリティ対策

a.情報システム面のセキュリティ

b.価格操作、インサイダー取引など不公正取引の排除

c.オンライン取引に関する法的未整備への対処

(2)自己責任原則を貫徹できる条件と能力の整備

d.「情報開示に関する規定」を制定し、企業のディスクロージャーを徹底

e.公認アドバイザー制度の導入で、企業の公開準備やディスクロージャーをサポート

f.株式格付け機関の設置

(3)他市場システムとのネットワーク化

g.証券取引仕様の標準化

h.自動注文回送システムの導入

 

(4)その他

i.県内企業を組み込んだむ会社型投資信託の設定

j.マーケットメーカーの探索、養成

10.構想実現へのポイント

 

事業計画の細部わたる詰め、業務委託先の選定、出資者の募集、必要な法的・制度的手続き等のプロセスを経れば、新市場の創設自体は早期にさほどの問題なく可能である。ただ新市場の成否は、それが利用者の信用をどれだけ獲得できるかにかかっている。必ずしも絶対の必要条件ではないが、自治体出資、商工会議所出資、県内有力企業の出資等、できるだけ公的色彩、県民総応援型の性格を持たせた形で創設に至るのが望ましい。

競合市場の参入動向や戦略から考えれば、新市場創設時期のリミットは、2000年前半と考えるべきか。それより遅くなれば、先行メリットが享受できないばかりでなく、群馬県内が他市場に浸食される恐れが出てくる。また、「日本初」という社会的インパクトも期待できなくなる。

 

11.連絡先

 

寺石雅英(群馬大学社会情報学部) 

E-mail teraishisi.gunma-u.ac.jp

TEL 027-220-7525  

FAX 027-220-7405

 

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